山嶺

どうして靴下どいつもこいつも仲が悪いんだ!

四月も最終日となってしまいました。

この一ヶ月何をしていたかな。

ダイエットするための帰還の期間だったけか?

flumpoolのギターじゃあるまいし。

最近、夢日記を割りと細かめにつけるようにしていたんですが、段々「明晰夢」を見られるようになってきました。

ここ数年でよく聞く言葉になったと思うのでご存じの方も多いと思いますが、夢の中でこれは夢だと自分で気づいたうえで行動することが出来る状態のことです。たぶん。

夢の中でこれが夢だということの気付き方?というのはいろいろあるらしいんですが、なんとなくわかったりとか、僕はなんだか冷静に考えることで気付きます。

三階建てくらいの高さの三段になっているよくわからないベンチの一番上にいる自分に気付いて、こんなのあり得なくない?そもそもここからどう降りるの?みたいなことをのんびり考えていると気付く感じ。

話によると明晰夢は自分の好きなことを想像した通りに実現できたりするという話なんですが、僕は全くそんなことが出来ません。

気付いた段階で与えられた夢の中の環境はほぼ変更することが出来ない。だから現実と大差ない。目の前にライオンを召還しようとか彼女に会おうとかそういうことは出来ないのである。

そしてさらに身体を動かす感覚が全く違う。腕を動かそうと思っていつも通り動かすとするとそれは実際の身体が動いて目が覚めてしまう。思考がなんとかできて体動かせるわけだから、ほんとギリギリ眠っている状態なんだと思う。

だから夢の中で自分は自分なんだけど、その自分を動かすには想像というか、思考による指示が必要な感じ。シミュレーションというかイメージトレーニングというか、そういうのに近い感じ。それで活動するの。

でも僕は昔っからイメージトレーニングというものが本当に苦手で。

例えば、中学時代僕は陸上でハードルをしていたんですが、足を壊して柔軟や筋トレしか出来ない時期、先生にハードルを越えるイメージトレーニングしてなさいと言われたんだけど、何度イメージしてもハードルに自分がぶつかったりひっかかったりして飛び越えることが出来ないの。

はいとんだーはいとんだー、みたいな適当な想像はいくらでもできるんだけど、リアルなイメージをすると全然出来ない。主観で想像しても、自分の姿を横から眺めるように想像しても、どうしても失敗する。その話を先生にしたらあんたはイメージトレーニングするんじゃないと言われた懐かしい思い出。

そんなわけで、夢の中でもあまりちゃんと動けません。公園で実験したんだけど雲梯とか上手く出来なくて落ちたりします。これ練習したらなんとかなるのかな。

だから三階建てくらいのベンチから落りようとするとき最高に怖くてですね。失敗したら落ちるし。三階から。

で、何が怖いってこの中途半端な現実感のある世界でもし死ぬほどのダメージを受けたらどうなるのかなということですよ。だからドキドキ。

失敗した瞬間に強烈な寝返りをうてば目覚められるんだろうけど、そういう余裕あるのかな、もう醒めちゃおうかな、でもやっぱりもう少しこの面白いの味わってたいな、とかそういう思案。

実際の自分は出来なくても想像出来たらそれは実行できるんですよ。だから結局中途半端にじわじわ降りないでジェット・リーみたいにハッ!シュッ!ガッ!シュタッ!ってな感じで無事降りられました。

あと空も飛べる。いや空とは言わないな、飛べる。ちょっと気を抜くと地面にお腹するくらいの低空飛行で三輪車くらいの速度なら飛べるの。どうして大空を飛び回れないのか、俺の想像力よ。

既に与えられている環境に対して過度な違和感を生じない範囲でなら、新しく構成することもできる。

例えば公園にいるとすると、意識するまでそこが何処の公園かとか、周りに何があるかとかは意外と作られていなくて、夢夢すぎない範囲でなら当然そうだったよねって作ることが出来るのです。

あんまり無理すると起きちゃう。

そんな感じ。

だいぶ長いしこんくらいでおしまいー。