欠損

サモトラケのニケ」をご存じでしょうか。

ニケ(またはニーケー)とはギリシャ神話に登場する女神であります。

サモトラケ島で発見された勝利の女神像なので「サモトラケのニケ」。

かなり多くの人が知っている事とは思いますが、

このニケ像は両手と頭部が無くなっています、というか見つかっていません。

しかし、それでいてあの美しさは尋常ではありません。

不完全でありながら、美しさ自体は完成されているわけです。

まぁかなり個人的な意見ですけれども。

それはミロのヴィーナス然り。

あれは両手が肩と肘の少し上のあたりから無くなってしまっていますが、

あのバランスも狙って折ったのではないかと思えるくらいに見事です。

欠けているとかいないとかではなく、そのままで良い。

有るとか無いとか有ったらとか無かったらとかじゃなくて、そのままで良い。

ミロのヴィーナスの復元像を見たことのある方はいるでしょうか。

あれは酷いもんです。リンゴを持っているだかたしかそんな像です。

先に見たものが腕のない姿だったからかもしれませんが、

どう見たって腕の無い像の方が美しいことは明らかです。

まぁかなり個人的な意見ですけれども。

また、良く聞く意見に無くなっている部分を、

想像することが出来るから綺麗なんだなんていうものもあります。

もうね、馬鹿かと。アホかと。二十日鼠かと。言いたいわけですよ。

サモトラケのニケやミロのヴィーナスを見るときに、

そんなものわざわざ想像してから、あぁ綺麗だなぁ、なんて判断しているのかと。

そうじゃないだろう。たぶん。他の人はどうか分からないけれども。

あれはあれで美しいのであって、想像できるから美しいのではない。

ミロのヴィーナスの手を想像する時なんて、

ボディービルのポーズさせてみたり、スペシウム光線を撃たせてみたり、

そんな下らないことをするだけであって、

こう手があったらなお美しい、なんてのは無いんじゃないかと。思うわけである。

ニケ像の方にしたって、あれにもし両腕と頭が発見されて、

完璧に復元されたとしたら、絶対にガッカリ作品になると思う。

今の状態よりも綺麗だと感じることは絶対にないと断言できる。

まぁかなり個人的な意見ですけれども。

欠損美であって、欠損美でない。

欠損していること自体が綺麗で、同時にそうではないということであります。

あの形が綺麗。そしてそれはたまたま欠けた結果なんだと。

しかし同時にあるはずと常識的に思うものが、無いという点において、

それは欠損している事に意味があることになるわけであります。

難しい。

あるがなければないもない。

ゼロという概念って凄いと思う。

「~が無い」という事態は、

正確には言語による論理空間においてしか表現できないように思う。

しかしそれは相手の解釈に委ねれば可能なわけで、

そこら辺がどんなものにしても面白いんだと感じる。

時間的、空間的に、常識の範囲においてあるはずのものが無い。

そういう良さ。でもそれ自体が良いのではなくその様が結果が良い。

あるはずのものが、あって然るべきはずのものがないという良さ。

今日も今日とて、予定もすることもない何一つ無い。

常識の範囲においてあって然るべきなのに、無い。

想像できるからいいじゃないか、今日はどんな予定が入るかなと。

いやいや、無いという事自体が良いのさ、寝れば良いのさ。

何も無いって素晴らしい。

あるはずのものが、あって然るべきはずのものがないという良さ。

今日も今日とて、自宅に食料が何一つ無い。

常識の範囲のおいてあって然るべきなのに、無い。

想像できるからいいじゃないか、何でお腹を満たそうかなと。

いやいや、無いこと自体が良いのさ、空腹だからこそ気付くこともある。

空腹と正坐の世界。食糧問題に思いを馳せ、人類愛について考える。

何も無いって素晴らしい。

あるはずのものが、あって然るべきはずのものがないという良さ。

大抵の人があるはずなのに、、

僕には中高生時代の「制服デート」というものの記憶が無い。

ついでに言えば、どっか駅なんかで待ち合わせてデート、

早く来すぎたかな、遅刻かな、なんて待つ時間が楽しいとかいう記憶も無い。

ついでに言えば、浴衣着て、花火に出店、最高だ、なんて記憶も全く無い。

想像できるから良いじゃないかとか、

いやいや無いこと自体がいいのさとか、

うっせぇわ。

制服デートなんて既に不可能じゃねぇか。

恥ずかしいわ。なんでやねん。

制服デートなんて想像すら出来やしねぇわ。ちくしょう。

どうやら一生制服デートというものを知らないままに僕は死んでいくんだね。

病院のベッドの上で目見開いて「せ…制服…デート…」ガクッ…って

寂しいわ。目にゴミが入ったわ。

どうやら僕には甘酸っぱい青春なんてものは無かったらしいね。

ベランダゲームなんてしてないで、甘酸っぱくなってりゃ良かったなぁ。

いや、あれはあれで相当青春だったさ。そうだったさ。

そうだそうだ、想像できるから良いんだ。甘酸っぱさ。

無いからこその良さがあるんだ、制服デート。そうだそうだ。

そうに違いない。

うっせぇわ。

泣いてねぇわ。

ゴミだっつの。

泣いてねぇっつの。